Agentic AI から Physical AI へ

近年、AI 分野で目覚ましい飛躍があり、日常生活や産業構造、さらには社会全体に対して多大な影響を与えつつある。とりわけ Agentic AI と Physical AI の二つは、テクノロジーがさらに高度化し、自律性と現実世界への適応を実現するうえで大きな注目を集めている。

本稿では、まず Agentic AI の基本的な性質や従来型 AI チャットボットとの相違点、そして自律レベルの分類を説明し、そのあとに Physical AI が担う役割と身体性認知の重要性を掘り下げる。さらに両者がどのように結びつき、実空間への応用が進むのか、経済や倫理、メタバース、シミュレーションなどの観点から多角的に検証していく。

Agentic AI とは

Agentic AI は、人間からの明示的な指示を待たずに自ら行動し、設定されたゴールに向けて計画を練り、実行する能力を備えたシステムを指す。従来の AI は特定のタスクだけに特化した狭い範囲で動作する例が多かったが、Agentic AI は人間の思考プロセスに近い柔軟さを備え、状況を理解しながら推論を重ねることで複合的な問題を処理することが可能になる。最近は必要な計算リソースを動的に割り当てるテストタイムスケーリングという手法が注目されており、高負荷になりがちな演算も効率化する道筋が示されている。

Agentic AI が関心を集める理由の一つとして、単純な作業を自動化するだけでなく、複数段階のタスクや複雑な意思決定の流れを自力でこなせる点が挙げられる。人的介入なしに目標を設定し、そのための計画を組み立て、必要に応じて修正を加えながらプロセスを進めるため、顧客対応やサプライチェーン管理など多方面で導入が進んでいる。知識ベースから参照した情報をもとに判断を下したり、新たに得られたデータを踏まえて軌道修正を図ったりする柔軟性は、人間のマネジメントを部分的に代替する可能性がある。さらに自然言語処理の進化によって、人間側が必要事項を問い合わせるといった形でやり取りできるところも強みといえる。

Agentic AI の推論プロセスでは、外部ツールの活用や外界へのアクセスを行うケースが増えており、このときマルチエージェントシステムが重要になる。マルチエージェントシステムでは、共有メモリと呼ばれるリポジトリを用いて各エージェントが知識や計画を交換し合いながら、全体的な効率を引き上げていく仕組みが整備される。個々のエージェントには内部構造が存在し、メモリ管理やアルゴリズムなどが改良され続けているのも見逃せないポイントだ。こうした内部構造が充実するほど、より高度なタスクへの適応が期待される。

Agentic AI が持つ代表的な特徴として、自律的に行動する性質や、環境の変化に合わせて計画を更新する柔軟性、そして自然言語で人間と対話できるコミュニケーション能力が挙げられる。さらにワークフロー全体を俯瞰し、必要なリソースを配分する機能も研究されてきた。連携による効率化を狙う場面では、共有メモリが大きな役割を果たし、複数のエージェントが一体となって問題解決にあたる。規模の拡大とともにエージェント間の協調はますます不可欠になるわけだ。

サプライチェーンの最適化やセキュリティ監視、医療現場での診断支援、自動チャットボットなど、Agentic AI の応用範囲はすでに広がっている。従来の対話型 AI との違いとしては、Agentic AI が単回の入力で完結せず、多数のステップを踏むプロセスを自律的に組み立てる点が特徴的だ。一般的なチャットボットが質問に対して回答を出すだけなのに対し、Agentic AI は必要な情報を自力で探し出し、推論を何度も繰り返して複雑な課題に挑む。

Agentic AI には複数のレベルがあり、開発者の制御範囲やモデルの自律度合いによって段階が分けられる。もっとも低いレベルではモデルがプログラムフローに干渉せず、単純に出力を返すだけ。そこから徐々に制御フローやツールの使い方、ループの継続をモデルが判断するようになり、最終的には新規コードを生成して実行する完全自律型のレベルに到達する。これらのステップをどう設定するかは、システムの設計思想やセキュリティ要件によって変化する部分でもある。

Agentic Level説明制御名前
☆☆☆☆モデルはプログラムフローに影響を与えない👤 開発者は、システムが実行できるすべての機能と、それらがいつ実行されるかを制御する。単純なプロセッサ
★☆☆☆モデルが基本的な制御フローを決定する👤 開発者は、システムが実行できるすべての機能を制御する。システムは、各機能をいつ実行するかを制御する。ルータ
★★☆☆モデルが関数をどのように実行するかを決定する👤 💻 開発者は、システムが実行できるすべての機能と、それらがいつ実行されるかを制御する。システムは、それらをどのように実行するかを制御する。ツール呼び出し
★★★☆モデルが反復とプログラムの継続を制御する💻 👤 開発者は、システムが実行できる高レベルの機能を制御する。システムは、どの機能をいつ、どのように実行するかを制御する。複数ステップのエージェント
★★★★モデルが新しいコードを記述して実行する💻 開発者は、システムが実行できる高レベルの関数を定義する。システムは、すべての可能な機能と、それらがいつ実行されるかを制御する。完全自律型エージェント

Physical AI とは

Physical AI は、実世界の物理法則を理解し、ロボットやドローンといった実体を持つ機器を用いて環境と相互作用する AI システムを指す。従来の AI はデジタル上での演算処理を担う例が主流だったが、Physical AI は現実の空間に深く関わり、機械学習で得た判断を物理動作に反映させる点が大きな違いだ。センサーから得られる外部情報と、アクチュエータを通じて働きかける出力を組み合わせることにより、生産ラインでのロボットアーム制御や自動運転車など、多様な実装事例が生まれている。

Physical AI の開発では大量のデータやコンピュータグラフィックスの進化が鍵を握っている。NVIDIA が進める Cosmos プラットフォームは、膨大なビデオデータから実世界の力学や物理現象を学習させることで、物体がどのように動き、どのような相互作用を示すかを把握するモデルの構築を目指している。これを世界基盤モデルと呼び、シミュレーション技術と組み合わせることで、実世界へ適用する際のギャップを埋めようとしているのが大きな特徴だ。

Physical AI の成長において身体性認知という考え方も重視されている。これは、環境との身体的なやりとりや感覚情報を通じて高次の推論や思考が醸成されるとする理論であり、ロボットなどの物理エージェントには欠かせない概念だ。自分の行動が周囲にどのような影響を及ぼすのかをフィードバックとして学び取り、その経験を次の動作に活かすことで、高度な認知能力を身につける余地が広がる。

Physical AI の特徴としては、まず物理的な形状を持ち、多種多様なセンサーによって周囲の状況を詳細に把握する点が挙げられる。カメラや音響センサー、LIDAR、超音波、赤外線などを統合し、空間情報や物質情報をリアルタイムに解析する。そしてアクチュエータによって物体に力を加えたり、移動手段をコントロールしたりする能力を備える。重力や摩擦力など現実の物理法則を意識する必要があるため、制御理論の知見や機械学習アルゴリズムの融合が不可欠になる。ロボティクス技術の進展によって、精密なアームや人型ロボットを活用できるようになったことで、工場自動化や医療支援といった領域へ適用範囲が拡大しているのも見どころだ。

倉庫内を自律移動して荷物を仕分けするロボットや、物体の形状に合わせて力を調整するロボットアーム、自動運転車、スマートファブリックなど、Physical AI の実例は幅広い。さらに工場や物流センターをまるごとスマート化し、複数のロボットが互いに連携しながら効率を引き上げる試みも盛り上がっている。材料と構造の研究が進むことで、これまで不可能だった動作が可能になるケースも出てきた。

Agentic AI から Physical AI への移行

Agentic AI はデジタル空間で自律的にタスクをこなす存在としてすでに活用されているが、そこから物理的な世界へと進出する潮流が加速している。NVIDIA CEO の Jensen Huang 氏は、この段階こそが AI の次なるフロンティアと位置づけており、ソフトウェア中心の取り組みをセンサーやロボットと統合することで、より包括的な問題解決が期待される。

NVIDIA は Agentic AI を大規模に展開するため、Cadence や SAP、ServiceNow といった主要ベンダーとの提携を積極的に進めている。CES で発表された「ナレッジロボット」は、推論から計画、行動までのプロセスをエージェントとして動かせるもので、カスタマイズを容易にする NVIDIA AI Blueprints も用意されている。これらの成果がロボットや自動車制御に適用されれば、実運用レベルでの高い自律性が見込まれる。

現実世界への移行にあたっては、不確実性や安全性、そして倫理的な問題が新たに浮かび上がる。しかし生産性やビジネス上の付加価値は大幅に拡大する可能性があるため、多くの組織が研究開発に力を入れている。データセンターで学習させたモデルをロボットへ搭載し、現場での動作結果をさらに学習にフィードバックする好循環が生まれれば、Agentic AI が備えてきた推論能力を物理空間でも十分に活かせる展望がある。こうしてソフトウェアとハードウェアが融合する流れは、まだ緒についたばかりとはいえ、今後の成長が大いに期待される分野といえる。

経済的な影響

Physical AI が広範囲で導入されるようになると、製造や物流といった分野を中心に経済全体へ大きな波及効果をもたらす可能性が高い。自動運転やロボットを組み合わせたシステムは、従来の単純なオートメーションを凌駕する新たな価値を生み出すと見られており、生産ラインの効率化や在庫管理の高度化、自動配送サービスなどでコスト削減や品質向上が同時に進む。柔軟な動作が求められる業務にも対応できるようになるため、これまで人間にしかこなせなかった作業領域にまで適用可能な場面が広がるだろう。

コンサルティング企業の予測によれば、ロボティクス市場は今後さらに拡大し、数兆ドル規模になる見込みが出されている。投資額も増大し、新興ベンチャーをはじめとした多くの企業が参入を図るだろう。機械工学とソフトウェアの融合で創出される雇用やサービスも考慮すると、社会全体として大きな転換期を迎えることになる。工場や物流施設、医療・介護といった分野のみならず、サービス産業にまでロボットが導入されるシナリオが現実味を帯びている。

倫理的な影響

Agentic AI と Physical AI が普及するにつれ、倫理面の課題を回避するのは困難になってくる。AI が自律的に判断を下すようになると、意図しない振る舞いや制御不能な挙動が生じるリスクが指摘されている。判断ミスが直ちに物理的な事故につながる可能性もあり、責任の所在や意思決定プロセスの可視化が必要になる場面が増えるだろう。

市場操作に悪用される可能性や、医療アルゴリズムが人種や性別で偏った判定を行う懸念など、多角的な問題も浮き彫りになってきた。2024年4月に米国国土安全保障省がまとめる AI の安全性ガイドラインでも、通信・金融・医療など重要インフラに関して自律性がリスク要因となると明示されている。Physical AI の場合、誤作動が人命や財産に即座に影響を与えるため、設計段階からの安全対策と法的フレームワークの構築が欠かせない。ガバナンスと透明性の確立が急務といえる。

Physical AI とメタバース

Physical AI はメタバースの進展にも大きく寄与する可能性がある。メタバースは仮想空間でありながら、そこに現実世界の物理特性を持ち込むことで、より高度な体験を提供できるようになるという見方がある。実際の動作センサー情報を反映すれば、人間の動きや力学が仮想空間に投影され、没入感が飛躍的に高まることも考えられる。

さらに物理空間で得られた検証データをメタバースの環境にフィードバックすることで、新たなロボット動作や仕組みを仮想空間で試行錯誤できる道が開ける。実機テストに比べてコストやリスクを格段に抑えられるため、研究開発のスピードアップにもつながる。メタバース内でのシミュレーションが成熟すれば、遠隔地でロボットを制御して作業を行うという仕組みも一段と実用的になるだろう。仮想と現実が双方向でつながるハイブリッド環境が見えてきたといえる。

シミュレーションとトレーニング

Physical AI を開発・実証する過程では、大規模な実験をひたすら現実空間で行うのは効率が悪い。そのため、3D シミュレーション環境であらゆる相互作用をテストし、ロボットの動きや制御ロジックを検証する手法が重視される。NVIDIA は USD (Universal Scene Description) をベースにしたワールド構築や物理的属性のラベリング、フォトリアル化を自動化する生成 AI モデルを公開しており、大量のアセットを短時間で扱えるようにしているのが特色だ。

USD Code や USD Search NVIDIA NIM マイクロサービスを使えば、テキストによるプロンプトから OpenUSD アセットの生成や検索が可能になる。さらに、NVIDIA Edify SimReady 生成 AI モデルによって、既存 3D アセットへ物理属性とマテリアルを自動的に割り振ることができるので、膨大な数のオブジェクトを手動でラベリングする労力を一気に減らせる。シミュレーション環境が充実すれば、実機に適用するときのトライアル回数も減り、開発スピードと品質の向上が両立する可能性がある。

主要な研究者と最近の開発

Agentic AI と Physical AI の分野は大手企業や研究者によって牽引されている。NVIDIA の Jensen Huang 氏は GPU コンピューティングを活用して物理世界への適用を加速させようとしており、Cosmos や AI Blueprints を通じて最先端技術をアピールしている。Microsoft が提供する Copilot Studio は自律エージェントの作成を後押しし、Anthropic は画面情報を解析してタスク実行に移す AI エージェントを研究している。Salesforce の Agentforce はビジネス上のさまざまなタスクを自律的にこなす構想を打ち出し、Agentic AI が現実的に活用される土台が整いつつある。

Accenture は NVIDIA AI Enterprise を使った AI Refinery for Industry を提案し、大規模企業向けに Agentic AI の導入を支援する動きを見せている。多方面で連携が進み、研究機関との共同プロジェクトも拡大することで、より汎用的な AI ソリューションが生まれそうな段階だ。今後の展望としては、Agentic AI と Physical AI が一層連携し、業種を問わず適用範囲を拡大することが予想される。

Agentic AI とナレッジワーク

Agentic AI は物理的なタスクだけでなく、ナレッジワークにも大きな変化をもたらす。知的労働の中には、データ入力やレポート作成、メール振り分け、スケジュール管理といった単調なタスクが多く存在する。こうした作業を学習させれば、エージェントが人間の代わりに自動化し、クリエイティブな側面や戦略的思考により多くの時間を割くことができるようになる。大量の情報から洞察を抽出したり、メールを優先度別に振り分けるといった支援は業務効率を大きく左右するポイントだ。

ただしナレッジワークを最適化するうえでは、AI の出力を批判的に検証し、追加データを提示し、結果を改善するオーケストレーションスキルが欠かせない。AI に正確な情報を与え、想定外のエラーを修正し、より的確な回答を導くための指示を与える能力が重視されるようになる。人間特有の創造力やコミュニケーション能力が引き続き価値を持つ一方で、Agentic AI を活用できる人材の市場価値が高まる構図が見えてくる。

結論

Agentic AI と Physical AI は、AI 進化の大きな潮流を示す象徴的な存在となっている。Agentic AI は複雑なタスクを自律的に解決する仕組みを提供し、企業の生産性や働き方に新風を吹き込んでいる。一方で Physical AI は実世界の制約と機械知能を組み合わせ、ロボットやドローンといった物理的エージェントを通じて現場を革新する動きへとつながっている。両者の相乗効果が増すにつれ、デジタルとリアルを横断する総合的なシステムの登場が避けられない流れといえる。

ただし、自律性の高まりに伴う倫理面の課題は深刻化し、セキュリティや差別リスクなど新たな問題が噴出する懸念もある。物理世界での不具合や不正利用が直接的に危害をもたらす可能性も侮れないだけに、法的整備や社会的合意形成が欠かせない状況だ。社会のインフラが AI 化するほど、責任所在や透明性が問われるケースが増えるだろう。

それでもなお、Agentic AI と Physical AI がもたらす価値は極めて大きく、高齢化や災害対応、医療負担など多種多様な社会問題を解決しうる力を内包している。メタバースやシミュレーションとの連動で研究開発が効率化されれば、新サービスや新産業の創出も見込める。こうした変化に適切に対応し、リスクを管理しながら可能性を最大化することが、今後の大きな焦点となる。デジタル領域とフィジカル領域が融合する複雑な時代を迎えつつ、人間と AI の協働関係をどう描き、発展させるかが問われている。研究者やエンジニア、ビジネスリーダー、政策立案者が連携し、責任ある形で Agentic AI と Physical AI を推進していくことが今後の重要な課題といえよう。

引用文献

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