Hippocratic AIが大型資金調達でユニコーン評価へ

Hippocratic AIが2025年のスタートと同時に大型調達を実現した。9カ月前のシリーズAに続き、今回のシリーズBで約1億4100万ドルを調達し、評価額が約16億4000万ドルに到達。世界的なヘルスケア人材不足を解消するためにAIを活用する姿勢が評価され、ユニコーン企業の仲間入りを果たした。

Hippocratic AIは、医療分野に特化した安全性重視の大規模言語モデル(LLM)を開発するスタートアップ企業。2023年に設立され、医療従事者の不足という世界的な課題に取り組むことを目的としている。生成AI技術を活用し、患者ケアや医療運営の効率化を支援するAIエージェントを提供。

投資家にはKleiner PerkinsやGeneral Catalyst、Andreessen Horowitz (a16z)などが参加し、NvidiaやPremji、SV Angel、UHS、WellSpan Healthといった既存投資家もプロラタ以上で追加投資を実施。累計調達額は2億7800万ドルを超えている。今回の資金を活用し、Hippocratic AIはAIエージェントのアプリストアを公開し、医療現場での課題解決に必要なカスタムAIエージェントを提供する方針を打ち出している。

創業者は連続起業家のMunjal Shah。医師や病院管理者、ヘルスケア専門家、AI研究者など幅広い分野のメンバーが参加し、El Camino Health、ジョンズ・ホプキンス大学、ワシントン大学セントルイス校、スタンフォード大学、Google、Nvidiaなどから知見を集約。チーム全体で大規模言語モデルを医療特化型にチューニングしてきた。

Hippocratic AIの強みとは

Hippocratic AIの強みは、いわゆるスタッフマーケットプレイスのような仕組みを備えている点にある。ヘルスシステムや保険者が同社の生成AI搭載エージェントを「雇う」ことで、看護師やソーシャルワーカー、栄養士などの不足を解消する方向性を目指す。慢性疾患のケアマネジメントや退院後のフォローアップなど、非診断領域の患者対応に特化したタスクを任せることで、人員不足の改善や業務効率化を狙っている。

2023年5月にステルスから表舞台に登場して以来、同年3月に5300万ドルのシリーズA、さらにNvidiaから1700万ドルの追加投資を獲得するなど、急速に動いてきた。初の商用製品として、特定タスクに特化した生成AI型の医療エージェントを公開し、Polaris 2.0というアーキテクチャもリリース。看護師・医師・業界アドバイザリーカウンシルの拡充や、米国初の特許取得など、多方面で成果を出してきた。

CEOのShahはインタビューで「AIエージェントの安全性は人間の臨床スタッフと同等に達した」と語る。実際、2024年の間に多くのマイルストーンを達成し、投資家からの熱い視線を集めるに至った。23のヘルスシステムや保険者、製薬企業と契約し、そのうち16社で既に稼働を開始。Arkos HealthやBelong Health、Cincinnati Children’s、Fraser Health、GuideHealth、Honor Health、Ideal Dental、Nsight Health、OhioHealth、VNS Health、UHS、WellSpan Healthなどが名を連ね、導入先では数十万件単位の患者通話を行い、8.7という平均評価を得ている。

獲得資金は領域拡大へ投下

新たに獲得した資金を使い、米国以外の欧州・中東・アフリカ・東南アジア・中南米などに領域を拡大する方針で、製薬企業や保険事業者向けのエージェント開発も進めていく。ヘルスケア向けの生成AI市場は、医療記録の要約や事務的作業の効率化を狙うサービスが多いが、Hippocratic AIは「患者と直接やり取りする部分」へ深く踏み込んでいる点が特徴といえる。

今回のシリーズBをリードしたKleiner PerkinsのMamoon Hamidは、同社の「安全性への強いコミット」と「ユニークなLLMアーキテクチャ」、そして短期間での“圧倒的な商用実績”を評価している。「18カ月ほどでヘルスケアに特化した安全性重視のLLMを構築し、複数の医療機関とパートナー関係を築き、数十万時間にもおよぶ実運用の通話実績を上げてきた」とし、患者を相手にする以上、単に「そこそこ動く」程度では不十分と強調。安全性と実用性を兼ね備えている点に大きな可能性を見ている。

Hippocratic AIは、他の医療AI企業との差別化を図るうえでも、患者向けタスクの充実が重要だと考えている。サイト上には術前準備、慢性疾患ケア、退院後フォローアップ、栄養管理、介護施設向けサービス、製薬企業の治験コーディネート、患者教育、ケア移行期のチェックイン、ウェルネスコーチングなど、多彩な領域のエージェントが並んでいる。

自然災害時の患者対応にも力を発揮しており、フロリダでのハリケーンやカリフォルニアの山火事の際に、透析が必要な患者へ継続治療の調整連絡をする場面もあったとShahは語る。ハイリスクの患者に対してこまめに連絡するなど、既存の医療体制では手が回らないサポートにも貢献している。

いかにして安全性を担保するか?

安全性の担保に向けたアプローチとしては、まず19のLLMが監督する独自のマルチLLM構造を構築し、高リスク領域での「幻覚(誤情報)」を防いでいる。さらにインプットだけでなくアウトプットの評価に重点を置き、3段階の安全性テストを実施。フェーズ1では医師・看護師によるチェックリストに基づくテスト、フェーズ2では1000人超の米国免許保有看護師や100名超の米国免許保有医師が患者役を演じて試験、フェーズ3では6500名超の看護師、500名超の医師に加え、提携先の医療機関と連携しながら検証を行う流れをとっている。その結果、これまでに26万件のテスト通話を実施し、一部通話内容を継続的にレビューする体制を整えている。

誰もがAIエージェント開発に参画可能に

こうした安全性重視の姿勢だけでなく、「エージェントのアプリストア」という構想でも注目を集めている。医師や看護師など、実際に患者をケアする人々が自らAIエージェントを提案・設計できる仕組みを導入し、現場の課題に即したサービス開発を促進している。アプリのアイデアを提出し、エージェントを構築し、安全性テストを経て公開すると、そのエージェントが使われた際の収益の一部がクリエイターに還元される。ソフトウェア開発スキルがなくても短時間でエージェントを作れる点が特徴で、現在は300以上のAIエージェントが25以上の診療科をカバーしている。

例えば産後ケアやメンタルヘルスに取り組む看護師が「産後うつチェック」を行うエージェントを開発したり、テキサスのメディカルリザーブ部隊に所属するベテラン看護師が「熱波の準備」を促すエージェントを用意したりと、従来の医療体制では対応が難しかった領域をカバーしようとしている。非常に多くの患者に対して、定期的にフォローアップやケアの呼びかけをすることが可能になる、と関係者たちは口をそろえる。

エージェント開発者は全員がライセンス情報を確認され、Hippocratic AIのスタッフが初期テストを実施。その後、提携先ネットワークの看護師・医師が安全性を検証し、最終チェックをクリアしたエージェントのみが正式に公開される仕組み。患者側から見れば、医療従事者が直接監修・設計したAIが高い水準の安全性を備えて対応する環境が整いつつある。

生成AIが医療業界に与えるインパクトは大きく、特にマンパワー不足の現場においてHippocratic AIのような「ヘルスケア専門」のモデルが広く利用される可能性が高まっている。医療スタッフが新たなテクノロジーを日常業務とシームレスに組み合わせることで、これまで届きにくかった患者ケアが大規模かつ継続的に行えるようになり、医療の供給側に“豊富さ”をもたらす流れが加速するかもしれない。そんな期待と現実的な導入が同時進行している段階に、Hippocratic AIが莫大な資金を得て一気にリードを広げている印象がある。

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